高田博厚って誰だ?福井市美術館の没後30年記念企画展へ。

<福井しらべ>

高田博厚という男を知っていますか?

高田博厚(たかた ひろあつ)は、
日本の彫刻家、思想家、文筆家。
1900年8月19日 – 1987年6月17日 享年87歳
 

高田博厚は、福井ととても大きな関わりのある
福井市ゆかりの彫刻家。

世界的に活躍しているが、
意外と高田博厚を知らない人も多いかもしれない。

高田博厚を、一言では言い表わせないが、

「常に自分の人生と向き合い、
芸術家として、本質を追求し続けた男」

社会的名誉など求めていない男の作品には、魂が宿っているように感じた。

 

<高田博厚とは?福井との関係は?>

高田博厚は、生まれこそ石川県だが、
父の郷里は福井。2歳から18歳までを福井で過ごす。

少年時代から文学・哲学・芸術に目覚めた。

18歳で上京、高村光太郎と知り合い、彫刻の道へ。

そして31歳でフランスに。

31歳でフランスにわたり、ロマン・ロラン(作家)やアラン(哲学者)、
ジョルジュ・ルオー(画家)をはじめとするヨーロッパの優れた知識階層と交流する。

第二次世界大戦中も日本に戻らず新聞記者として活動し、
パリ外国人記者協会副会長を務める。

難民生活を経て、戦後もフランスにとどまり、
彫刻家としての創作活動や記者としての活動を再開。

カンヌ国際映画祭日本代表を10年にわたり務めるなど、フランスでは日本人を代表する存在となる。

18歳で上京、高村光太郎と知り合い、彫刻の道に入る。
そして31歳でフランスへ。幅広い文化人と交友をもっていた。

中原中也の胸像を作った彫刻家としても有名。

帰国後は、鎌倉のアトリエで制作活動を続けた。
 

日本を代表する高田博厚の作品の数々が、ゆかりの地 福井の「福井市美術館」(彫刻約80、素描約10)に展示されている。
(全国でもNo.1の展示数)

<福井市美術館>

住所:福井県福井市下馬3丁目1111
営業時間:9時00分~17時15分

2017年は、「福井市美術館」では、
特別な企画展が行われている。(2017年9月16日 – 2017年11月5日)
 

没後30年を記念企画展
 「高田博厚展―対話から生まれる美」

2017年は没後30年に当たる年になり、
同美術館では、2017年11月5日まで記念企画展が行われた。

作品解説会が行われ、高村光太郎と妻千恵子、高田の人間模様を描いた朗読劇が上演。
 

「福井市美術館」には、
高田博厚の作品などが多数展示されています。

高田博厚の有名な作品はいくつかありますが、
中でも、「左手」、「カテドラル」、「ガンジー」といった作品は印象的。
 

「左手」

親指だけは平たく、
そして広い特徴的な左手

もちろん高田自身の左手です。

(美術館で実物を確認してください。)

 

「カテドラル」

代表作のトルソー「カテドラル」(1937年)
パリ時代に手掛けた傑作トルソー

頭・四肢を欠いた胴体だけの彫像。

女性の裸体のトルソーだ。

 

「ガンジー」

日本人で、一番長時間にわたってガンジーと語った事があるのは、
高田博厚ではないのかとも言われます。

無償でガンジー像を制作。

この作品も展示されていた。

 

<高田博厚の魅力とは?>

高田博厚は、
師友の肖像を彫刻するとき、
表面的な類似に捕われず、相手の人格の本質に迫る。

人格の本質に迫る部分こそが、高田博厚の魅力だ。
 

ただ、見た目が同じものを作るのではなく、
見て感じたもの、魂を反映させる。

 

フランスの有名な作家
ロマン・ロランも、自分の肖像を依頼しています。

「高田は精神を形作る本当の芸術家です。彼は指で思索する」とも言う。

そんな高田博厚の作品から、
粘土を媒体とした彼自身と相手の対話を感じとるのも面白い。

 

「高田博厚展―対話から生まれる美」では、
肖像を中心に彫刻、スケッチなど18歳のときの油彩画「自画像」や、
貴重なドローイングも並べられています。
 

自分の人生について真摯に向き合い、
本質を追求し続けた高田博厚。

高田博厚の作品に触れてみることで、
上辺だけでない、表現を感じ取れるかもしれない。

 
高い評価を受けながら、
社会的名誉を一切求めない。
そんなスケールの大きな作品を感じてみてはいかがでしょうか?

芸術の秋に、
高田博厚の作品に触れてみるのも面白いですよ。
 

いかがでしたか?
今回は、「没後30年を記念企画展「高田博厚展―対話から生まれる美」へ行ってみました。
美術館には、脳みそや心を刺激する新しい発見があるかもしれません。

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